養成所の先生が言う「レッスンは本番だと思いなさい」は本当だった。その理由は○○できる先生がいないから!

こんにちは。
発声改善士のトクガワ です。

 

声優やナレーターのような声のお仕事を目指している方、もしくは表現活動や芸能活動をお仕事にするためにレッスンに通っている方はこんな言葉を聞いたことがありませんか?

「レッスンは練習ではありません。本番だと思いなさい!」

私はこの言葉の意味がようやく分かりました。

社会人をしながら専門学校に通ったのが2004年の春だったと思います。それから14年たった今、ついにこの言葉の意味が分かったのです。

そしてこの言葉は事実でした。

今回は「レッスンは本番だと思いなさい」という言葉の私なりの解釈を綴ります

もし「私も先生にそう言われたけど、よくわからない」という方がいたら、私の考えが役に立つと嬉しいです。

 

レッスンの目的は評価すること

いきなりですけど、私が考える「レッスンは本番だと思いなさい」の裏に隠された本当の意味をお伝えします。

「レッスンは練習の場所ではありません。先生があなたたちを評価するための場所です

先生方もこんな風にハッキリと言ってくれればいいんですけどね。

レッスンでは、生徒の演技やパフォーマンスを見て、先生方は色々なアドバイスをくれます。でも、先生方はアドバイスしたことを生徒ができるようになるための時間をとってはくれません

たまに時間をとって丁寧にアドバイスをくれる先生もいますが、やっぱり多くの時間をかけられません。ひとりの生徒に時間をとっていると他の生徒を見る時間が減っていきますから、あまり時間をかけられないので仕方ないでしょう。

レッスンは育てる場所でもありますが、ごくまれにいるダイヤの原石を探す場所でもあります。ダイヤの原石とは売れっ子になりそうな素質を持った生徒のことですね。

レッスンは彼らを発掘するための場でもあります。

だって、それが長期的な事務所の売り上げや養成所の売上に繋がるから。つまり売れっ子を見つけ出すことで先生たちはお給料をいただいているわけです。

例えばですけど、世の中にわんさかいる声優志望者が養成所を決めるとき、実績で決めますよね?

超人気声優出身の養成所とか行ってみたくないですか?

かくいう私もそうでしたよ。その学校には有名声優を数多く輩出しているという実績で決めましたもん。当たり前ですよね。

高校入試や大学入試に向けて塾や予備校に通うとき、難関国公立○○人合格!とか実績あるとこに通いたいですよね?その方が自分もそうなれると思えるから。その方が自分の夢を叶えるための近道だと感じるから。

でも「ここはあなたたちを評価する場所です」なんて言葉をハッキリ言ってくれる人は少ないですよね。それを聞いて生徒が養成所や専門学校を辞めちゃうと先生が経営者に叱られますからねw

勘違いしないで欲しいのですが、私は養成所や専門学校のビジネスモデルを否定しているわけではありません。学びたい人と教える人という需要と供給があって、その上で成立していますから立派なビジネスです。

ただ、私は、そこで教えられている内容に多少の違和感を持っていますが。

 

レッスンには、上達のための条件が揃っていない

ここから本題です。もう一度冒頭のフレーズの一部を抜き出してみます。

「レッスンは練習ではありません。」

このフレーズ、まさにこの通りなんです。

あなたは練習というものはどんなものだと考えていますか?

私は、練習は上達のために必要なことだと考えています。そして、レッスンは練習の場ではないということも納得しています。だってレッスンには上達のために必要な条件が揃っていないから。

レッスンの内容は先生によって異なりますが、私が今まで受けてきたレッスンは概ねこんな感じで進められていました。

・その日に使う原稿や台本が配られる
・ひとりずつ読む・演技する
・それについて先生が批評する
・それが生徒全員分繰り返される

原稿や台本についてはその日に配られる場合もあれば、あらかじめ配られた題材を長期間にわたって反復して使用する場合もありました。

ぶっちゃけ、こんなレッスンを受けていて上達するわけがない。

やっぱりレッスンは練習の場所ではなくて、先生が生徒を評価するための場所なんです。

でも私はレッスンに通うことが上達のための必須条件だと思っていました。どれだけ先生に罵倒されようがレッスンに行かなくてはならないと信じていました。自分の才能のなさに失望し、レッスンを受けるのが苦痛でも、何が何でも行くべきだと信じて疑いませんでした。

・・・が、実はそうではなかったんです。

上達のための条件が揃っていないレッスンにどれだけ通っても上達するわけがないんです。そればかりか、自分をどんどん辛い目にあわせるだけになってしまうんです。

さて、あなたが受けているレッスンには上達のための条件が揃っているでしょうか?

上達のための条件なんて考えたこともなくて、「先生が言っていることに素直に従っていれば、きっとうまくなるよ!」なんて考えていませんよね・・・?

そんな風に考えていると、きっと不幸になります。

 

上達のための条件とは?

上達のための条件が揃っているか?そんなこと聞かれても分からないよ!

そんな風に思っている方のために、私が考える上達のための条件を挙げておきます。

上達のための条件とは・・・
・生徒の安全が確保されていること
・生徒をサポートできる人がいること
・生徒が実験できる場所であること

私はこれが揃っていない場所ではどんなに有名な人が指導していても生徒は上達しないと考えています。(もし上達したら生徒にもともと才能があったか、生徒の努力の賜物です)

だって有名な人はパフォーマーとしては一流かもしれませんが、指導者として一流かどうかは分かりませんから。多くの人は一流のパフォーマー=一流の指導者と考えているようですがそれは間違いです。

そして、これらの上達の条件が揃っている場所こそ、練習環境に必要なものだと私は考えています。
その理由をひとつひとつ解説していきますね。

 

生徒の安全が確保されていること

私が考えている上達の条件のひとつは「生徒の安全が確保されていること」。

でもね、残念なことに、こんなにも簡単なことなのに、少なくともこれだけは必要だというのに、この条件すら担保されていないレッスンの環境が山ほどあります。

厳しいレッスンで有名なところもありますがが、厳しいことと生徒の安全を確保するということは全く異なります

先生も生徒も誤解しているかもしれませんが、厳しさは生徒が上達するために必要な条件ではありません。もしかするとアナタも勘違いしているんじゃありませんか?

私はかつてこんなレッスンを経験したことがあります。

先生が生徒に向かって「バカかと思った」とか暴言を吐いたり、先生の容赦ない言葉に生徒が泣き出してしまったり。「泣くくらいなら帰った方がいい」なんて先生が言い出したときには一緒にレッスンを受けていて、とても居心地の悪さを感じました。

そして、そのレッスンの場所にいるすべての人が、それは上達のために必要な過程であるかのような空気が漂っていました。

結局、しばらくするとその生徒は鬱になったり、レッスンに来なくなってしまいました

果たしてこれは必要なことなのでしょうか?

人によっては「生徒の精神力が弱かっただけでしょ?」と精神論や根性論を持ち出すかもしれません。でも、それは権威を振りかざす人が持ち出すものだと私は考えているので無視して構わないです。

生徒の安全性を確保すると言うことは何よりも大切です

そうしないと、生徒は常に危険にさらされて安心して学ぶことができなくなってしまうのです。

あなたが通っているレッスンは、学ぶ側のであるあなたの安全性が確保されていますか?

あなたが受け持っているレッスンは、学ぶ側である生徒の安全性と確保していますか?

レッスンは生徒のためにあるんです。学びの主役は生徒なんです。

でも、それをはき違えている人が多い学ぶ側にも、教える側にもね。

 

生徒をサポートできる人がいること

私が上達のために必要な条件として2つめに大切だと考えているのは「生徒をサポートできる人がいること」です。

この役目はレッスンの現場では先生が担うことになります。

でもほとんどの人は生徒のサポートをするために必要なスキルを持ち合わせていません

多くの方は勘違いしていると思うのですが、一流のパフォーマンスをするスキルと教えるスキルは全くの別物です。でも多くの人はこう考えています。一流のパフォーマンスができる人は、一流の指導者である、と。

パフォーマンスのスキルと教えるスキルは全くの別物です。だから両方のスキルを持ち合わせている人こそがパフォーマンスをする人としても指導者としても一流なのです。

でもそんな人はめったにいないわけ。

だって一流のパフォーマーは教えるため勉強をしていないわけでしょ?

誰かに教えると言うことは、ただ自分の経験やテクニックを渡すだけではありません。教わる側の気持ちや状況を理解して、教わる側に今何が必要なのかを明確にして必要なものをその時に必要なだけ生徒に提供していくことなのです。

でも一流のパフォーマーは教えるために必要なスキルを磨いていないんです。というかその時間があったら自分のパフォーマンスの質を少しでも高めるために時間を使います。

そのため、パフォーマーとして引退した後に指導者に転向しても、指導するスキルは持ち合わせていないんです。

だからこんなことが起こるわけです。

なんでできないの?

先生の言うことをその通りにできない生徒に対し、平気でこんな一言が言えるわけです。先生はできるからできない人の状況や気持ちが理解できないのです。

多くのレッスンの現場では、こんな人ばっかりじゃないですか?

レッスンだけに限らず、企業の研修やセミナーでも同じようなことがおきているんじゃありませんか?

一昔前に、参加者を泣かせるほど厳しいセミナーや研修が話題になったことがありますけど、誰かが学ぶ環境に厳しさなんて一切必要ありません。そんなことを言うと、昔ながらの精神論や根性論を持ち出す人もいますが、聞いていて気分が悪いです。

学ぶ環境には、厳しさなんて一切必要ないんです。厳しさなんて排除すべき存在です。厳しさよりも必要なのは生徒の気持ちや状況への理解力なんです。

ちょっとだけ補足。

本当は「優しさが必要」だと書いたのですが、語弊がありそうなので「理解力」に変更しました。「優しさ」って書いちゃうと、共感や同情を連想してしまいそうだと思ったので変更しました。

先生が生徒のことを共感したり同情したりすると生徒の学びを妨げる恐れがありますからね。先生の同情を求めてレッスンにくる生徒がいることも事実ですし、そうなってしまうと先生に依存しなくては成長できない生徒ができあがってしまいます

長期的に見ると先生にとってはいつまでもお金を払ってくれる生徒なので嬉しいでしょうが、生徒としてはレッスンだけでなく人生にも良くない影響を与えるでしょう。だからあえて「理解」としました。

さて、あなたが通っているレッスンでは、先生はあなたにとってどんな存在ですか?

 

生徒が実験できる場所であること

そして3つめに必要な条件は「生徒が実験できる場所であること」です。

しかし、多くのレッスンの現場では、生徒が実験できる環境が整っていません

なぜかというと、一般的なレッスンは生徒の安全が確保されておらず生徒をサポートできる人がいないからです。つまり、3つめの条件である「生徒が実験できる場所であること」を実現するためには、先の2つが揃っていないといけないのです。

上達とは、今の現状から少しでも上のステップに進むことです。どんな小さな段差でもいいので、一段高い場所に進むこと。

でも一歩踏み出してみないと、足を置いた場所の高さが今いる地点から高いのか、同じなのか、それとも低いのかが分からないのです。

一歩踏み出して、少しでも高い位置に到達できたとしたら、それは紛れもない上達です。何の疑いもない上達です。その高さが、今いる地点からわずか1cmだけ上の場所だったとしても。

そしてどうすれば1cm上の場所に行くことができるかというと、今までと違うことをする必要があります。

今までと同じ事ばかりしているといつまで経っても現在地に居続けることになります。繰り返してるだけですからね。少しでも違う場所に行きたいなら、今までと違うことをする必要があります。

しかし、今までと違うことをした結果、どんなことが起こるかは分からないのです。

今までと違うことをしてみた結果、到達した場所は1cm上の場所かも知れないし、同じ場所かも知れない。もしくは1cm下の場所かもしれません。

でも試してみるまで分からないんです。

つまり、実験してみないと上手く行くかどうかは分からないんです。

多くの人は一般的なレッスンの場で実験してみることを恐れています。だって上手く行かなかった場合は先生に指摘されるから。他にも理由はあるでしょう。叱られたり評価を下げられたり他の生徒の前でつるし上げられたり

これが養成所のレッスンだと、先生に自分の将来を握られているように感じるわけですから、実験なんてできるわけがありません

実験をしてこそ上達があるに実験できない環境で学ぶことに一体何の意味があるのでしょうか???

 

最大の問題は「上達のための環境を提供できる人がいない」こと

上達のための3つの条件を挙げましたが、あなたはこれに納得できるでしょうか?まぁ、納得していただく必要はないんですけどね。

納得できる人はこれからどんどん上達できるでしょうし、納得できない人はいつまでも今と同じ場所で同じことを繰り返していてください。

いつまでも同じ場所でもがき続けてしまう直接の原因になっているかどうかは分かりませんが、残念なことに、多くの指導者は上達とは、高くそびえる壁を越えることであるかのように言います。10mくらいの高さがある断崖絶壁を見上げて、これを越えられるように努力しなさい、練習しなさいといいます。

一生懸命登っていって、途中で落ちてしまうかもしれないのに、ただただ登れと言う。もし落ちてしまってもお構いなしです。落ちたお前が悪いとでも言わんばかりに。

こんなレッスンの現場が多いので、生徒がどれだけ上達を願っても、上達できるはずがありません。

つまり、生徒が上達できるの環境を提供できる教師がほとんどいないのです。

そしてその場所、つまり上達できる環境こそが練習の場なのです。

多くの人は、練習をほぼ1人でやっています。「こうかな?」とか「これでいいのかな?」と試行錯誤を1人で繰り返しています。いや、1人ではなく先生の幻影に惑わされながら練習しています。もしあなたが練習しているときに先ほどの言葉を考えたことがあるなら、本当はこんな風に考えているはずです。

「(先生が言っていることは)こうかな?」
「(先生が言っていることは)これでいいのかな?」

これでは安全に練習できるはずがありません。

本来、レッスンの現場には上達のサポートしてくれるはずの先生がいるはずです。アスリートにはコーチやトレーナーがついているように。

しかし、レッスンの現場では先生はサポートしてくれることはありません。

そんな先生はこう言います。

「レッスンは練習ではありません。本番だと思いなさい!」

この言葉を私なりに翻訳してみます。すると、こうなります。

ここはあなたの上達のための場所ではなくって、私たちがあなたを評価の場所です。私は、上達のためのサポートは提供しません、って。

ほらね。先生の言っていることは本当でしょ?

つまり、あなたが通っているレッスンには、上達のための環境を提供できる人がいないんですよ。

そんなレッスンに通って、本当に上達すると思いますか???

 

上達できる場所を探そう

理想を言えば、評価する先生がいるレッスンと上達のサポートをしてくれる先生がいるレッスン両方に通うのがいいと思います。

例えば、あなたが養成所のレッスンに通っているとしたら、それはあなたのことを評価してくれる先生がいるレッスンです。それとは別に、あなたの上達のためのサポートをしてくれる先生を見つけて、その人のレッスンにも通うのです。

そうすると、前者のレッスンが本番、後者のレッスンは練習にあたるわけ。これが上達するための理想の環境です。

多くの人は後者の環境を持っていません。1人で試行錯誤するわけ。そんなとき、ちょっとでも躓いてしまったら、「自分には才能がないのかな」とか不安に襲われますます。そしてある時体調不良やささいなきっかけでレッスンを一回でも休んでしまおうものなら、二度レッスンに行くことはなくなるでしょう。私も、養成所時代に体験をしたので、もしあのときの自分に会えるとしたら私は後者のレッスン環境を提供したいです

あなたのことを考えてあなたのために上達のサポートをしてくれる環境をあなたは持っていますか???

 

私のレッスンの生徒にこんな方がいました。

20代後半の男性の方で、歌っているところを見て欲しいというリクエストでした。

彼は趣味でアカペラをされているそう。

リクエストにお応えして、歌っているところを見せていただきました。

彼の表情を見て、私は質問をしました。

「歌ってて楽しいですか?」

歌っている間、彼はずっと顔をしかめて歌っていたのです。

私の質問に彼はハッとして「楽しい歌なのに楽しんでいませんでしたね」と言いました。

そして私は「ではもう一度同じ所を歌ってもらいたいのですが、今度は歌うことを楽しみながらどうぞ」と彼にいいました。

それに同意してくれた彼は、同じフレーズをもう一度歌いました。

彼の表情はイキイキとし、楽しく歌っているのが伝わってきました。もちろんですが、その変化は彼の声にも変化をもたらします。より伸びやかに、響きも心地よく、息も長続きしているようでした。

そして歌い終わった瞬間、彼の満足そうな表情を見て私は聞きました。

「楽しかったですか?」

私の質問に彼はすぐには答えませんでした。少しうつむいた彼の表情を見てみると、彼は目に涙を浮かべていました

「小さい頃、ピアノのレッスンに通っていて、その先生はとても厳しかったんです。で、間違えたりすると叱られて、ひどいときには叩かれたりしたこともありました。」

「そのせいか、今でも誰か先生の前で歌うときは怖いんです。今も歌の先生に習っていますけど、その先生は叩かないって分かっているけど・・・」

彼は言葉に詰まってしまいました。

しばらく無言の時間が流れた後、私は彼にこう言いました。

「歌う楽しさを思い出すことができてよかったですね。」

「では、もう一度歌ってください。今度は私のために」

この後の彼の歌声が、その日一番の素敵な声だったのは言うまでもありません。今度は私が感動してもらい泣きしてしまいました。

こんな風に私のレッスンを受けてくださる生徒の方がレッスン中に泣いてしまうことは、珍しくありません。

レッスン中に泣くことに対する教師側の反応はさまざまでしょう。中には泣くことを許さない教師もいます。生徒が泣くのは教師への反抗や拒否だと考える人もいます。レッスンで泣くのは卑怯だ、とかね。

私のレッスンでは泣きたくなったら思う存分泣いてもらって構いません

その先には確実に上達が待っていると私は信じています

 

もう一度あなたに質問します。

あなたのことを考えて、あなたのために上達のサポートをしてくれる環境を、あなたは持っていますか???

 

まとめ

今回は指導者がよく口にする「レッスンは練習ではありません。本番だと思いなさい!」という言葉について、私なりの解釈をお伝えしました。

私がその言葉を本当だと考えるポイントをまとめておきますね。

今回のPOINT

「レッスンは練習ではありません。本番だと思いなさい!」は本当だった!

 

その理由は・・・
・レッスンは先生が生徒を評価するための場所
・レッスンには生徒が上達するための条件が整っていない
・生徒が上達するための環境を提供できる教師がほとんどいない

 

生徒が上達するために必要な3条件とは・・・
生徒の安全が確保されていること
生徒をサポートできる人がいること
生徒が実験できる場所であること
このうち、どれかひとつでも欠けてしまうと生徒は上達できない

この解釈に同意するのも同意しないのもあなた次第です。そしてこの解釈に全力で反対する教師もいるでしょう。

先に断っておきますが、別に私は議論したり言い争いたいわけじゃありません。ただ世の中にはレッスンに対する価値観はたくさんあって私はこんな風に考えているというだけのことです。

どの教師のレッスンを受けるかは生徒側に権利があります

そして、生徒が上達したとしてもそれは教師の成果ではなくて生徒が自分でやったことなんです。

教師がすることはただ一つ。

生徒の目の前にはまだ本人が気づいていないドアがあってその扉を開いてあげるだけドアを通るか通らないかを決めるのは生徒なのです。

もし練習できる場所、上達できる環境を探しているなら、私のレッスンを受けてみてください。

『ボイスアクティベーション』の体験レッスンで、あなたがまだ気づいていないドアを一緒に探しましょう。

あなたにお会いできることを楽しみにしています。

 

 

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