8回にわたってお届けしてきたシリーズ「シアトルで学んだこと」も今回が最終回です。

あらためて各回を振り返ってみますと・・・

1  「原稿を読む」を分解する
2 感覚は遅れてやってくる
3 肺のマッピングがずれていた!
4 「やめる」「ゆるめる」が機能しないワケ
5 「決意」というドラッグ
6 原稿を読むときのベストな姿勢は?
7 呼吸するときに動くもの

「読む」ことについてのシンキングから、
カラダの使い方やボディマッピング、姿勢や呼吸などについて考えてきました。

今回は最終回ということで、これらの内容を踏まえて
「原稿を読む」ということについて、さらにパフォーマンスの質を上げるためのヒントをお伝えできればと思っています。

 

「人を感動させたい」という自分勝手な読み

原稿を読むことに限らず、お芝居でのセリフやコンサートでの楽器の演奏など、パフォーマンス全般に言えることだと思うのですが、「人を感動させたい」と思ってパフォーマンスすることってありますよね。

実は私もそうでした。

原稿の内容を以下に魅力的に読むことで、
聞き手を夢中にさせたり感動させたいと思っていました。

この思いがモチベーションに繋がるという一面もあるのですが
実は、空回りしてしまって自分勝手な読みや自己満足の読みに繋がってしまうのです。

なぜだと思いますか?
その理由について考えてみましょう。

例えば、友人や異性から食事に誘われたとします。

「今度ご飯でも行きませんか?」

あなたはどのように答えますか?

今この状況では何とも言いがたいですよね。

あなたの都合や相手によっても返事は変わるはずです。

仮に、あなたが気になっている異性の方だったら
多くの場合はOKの返事をするでしょう。

その反対で、あまり好きでない方や苦手な方ならNOの返事かもしれません。

気になる異性の方でも、
あなたの体調が良くなかったり、別の予定が入っている場合などは
NOと答えてしまうかもしれません。

また、普段はNOと返事をする相手でも、
あなたの状況によってはYESと返事をすることもあるかもしれません。

このように、さまざまな状況によって、返事は変わってくるのです。

そして忘れてはいけないことは、
誘われた側には、YESと答える権利もあるし、NOと答える権利もあると言うことです。
にもかかわらず、あなたの都合など全く考慮に入れない人が
「ご飯行くぞ」とYESと返事するのが当然であるかのように言われるとどう感じますか?

ある程度、関係性ができていれば多少の強引さは魅力的かもしれませんが
まだそんなに出逢って浅い人にそんな風に言われたらどうでしょう?

NOではありませんか???
さて「人を感動させたい」というパフォーマンスについて考えてみましょう。

「人を感動させるナレーションがしたいです!」

一見、素敵なように感じるのですが・・・
実は、相手の好みも全く考えずに、聞き手に感動を押しつけるようなものではないでしょうか?

感動するかどうかは聞き手の自由なのに、
あなたはYESを言わせるためにナレーションをしていることと同じなのです。

果たして、YESを言わせることを前提に原稿を読んだとして、
聞き手はどんな反応をすると思いますか?

あなたが、聞き手になったとして、どんな反応をすると思いますか?

なんだか押しつけられているような気がしませんか?

聞きたくもないことを無理矢理聞かされるだけでも嫌なのに、
「感動した」という返答を求められているんですから
それはそれは独りよがりな読みでしかないですよね。

 

視聴者にゆだねる

「でも実際に心奪われたり、期待を煽られるナレーションってありますよ」という皆さんの心の声が聞こえます。

そうです。
実際にオンエアされている番組のナレーションの多くは、視聴者は笑ったり泣いたり、心動かされます。

それはどうしてでしょうか?

そこには読み手の明確な意図が隠されているのです。
先ほどの例のように、人を感動させることはできません。

感動するかどうかは受け手の自由なのです。

私たちは相手の心をコントロールすることはできません。
感動するのも自由、つまらないと文句を言うのも相手の自由なのです。

その自由を聞き手にゆだねているかどうかで
読み手の声が繊細に変化します。
読み手ができるのは、聞き手の心を動かすことではなくて、
聞き手が心を動かすような情報を届けること。

聞き手が安心して感動できる機会を届けることなのです。

このポイントを間違えたままだと何度練習しても
自己満足な読みや予定調和な読み、視聴者を無視した読みになってしまいます。

聞き手の存在を意識し、どんな反応をするかは聞き手にゆだねましょう。

 

「インバイト」する

では、感動できる機会を相手に届けることとというのはどういうことでしょうか?

また別の例を考えてみましょう。
私が、あなたに一枚の紙を渡したとします。

そこにはこのように書かれています。

「12/24 クリスマスパーティのお誘い」

あなたはクリスマスパーティの招待状を受け取りました。

さて、このパーティに参加するかしないかを決めるのは誰でしょうか?

私ですか?

あなたですか?

選択する権利はあなたにありますよね。

私は、「良かったら来てくださいね」と誘うことはできますが
力づくでも絶対に来させるのは不可能に近いと思います。

パーティに参加するかしないかを決める権利はあなたにあるのです。

私ができることと言えば、
あなたがパーティに来てくれるように
部屋を掃除してデコレーションしたり、おいしい料理を用意したり、
面白そうなイベントを企画したりして、あなたがパーティに参加したいと思ってくれるようなものを用意することしかできないのです。

つまり、インビテーションを受け取った人がパーティに参加したいと思う環境をつくること。

ナレーションに戻って考えてみます。

私が原稿を読んだとして、
感動するかどうかを決めるのは私ではなはく聞き手であるあなたです。

例え感動することを強制したとしても
あなたが感動するかどうかはわかりません。

あなたに選択権があるのですから。

読み手である私ができることは、
原稿に書かれている内容から得た情報を工夫して伝えることで
聞き手が心を動かしたくなる状況をつくることなのです。

このような環境をつくることを「インバイト」といいます。

パーティに招待するかのように、相手をあなたの空間に招待するのです。

これが「原稿を読む」ということだと思います。
スタジオなどで一人で読むことが多いナレーターにとって
「インバイト」は非常に役に立ちます。

このシンキング(思考)を持ち続けるだけで、声が変わるくらい効果があるのです。

 

統合するための練習こそ大切

さて、これでシリーズ「シアトルで学んだこと」は完結です。

今回のシリーズだけでなく、あなたはこれまでにたくさんのことを学んでこられましたよね。

養成所に通ったり、ボイトレに通ったり、ナレータースクールに通ったり、
それぞれでいろんなことを学んだことでしょう。

しかし、それらの学んだことを、あなたは実際に使うことができるでしょうか?

学んだことを本番で使うことができますか?

学びの瞬間は、体得した感覚があるのですが
先生や教師のサポートなしに自分1人で使うことができるかどうかは全く別問題です。

そして多くの場合は、自分1人でできないのです。
そもそも、自分1人でできるためのポイントを
先生や教師側が渡すことができていないからかもしれません。

もし、そのポイントを持ち帰ることができたなら、
あなたにとって必要なのは単なる繰り返しの練習ではなくて
あらゆる要素を統合することです。

たとえば、これまでシアトルシリーズでお伝えしたことや
このサイトにある多くのエッセンスを統合することができれば、
あなたの声はどんどん魅力的になっていきますよ。

2016年もシアトルに行く予定なので、
また新たな発見があると思いますのでシェアさせていただきますね。

お楽しみに!

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