「原稿を読む」を分解する 〜 シアトルで学んだこと その1

 

「原稿を読む」ってどういうこと?

皆さんにとって「原稿を読む」ということはどういうことでしょうか?

・人生そのもの
・楽しいこと
・仕事

など、たくさん浮かんでくると思いますが
哲学的なことや思想的なではなくて
もっと具体的なこととしてどういうことでしょうか。

今回取り上げるのは、「原稿を読む」というアクション(動作)を分解すること。

原稿を読むときにあなたの身に起こっている全てのことを分析してみて、
仕事や練習などで原稿を読むときの自分ことを見直してみませんか?

そこには、今あなたが気になっていることや
課題になっていることへの原因が潜んでいるかもしれません。

 

「原稿を読む」ときに、何をしていますか?

間違いなく原稿を読んでいますよね。

今回注目して欲しいのは、「原稿を読む」というアクションをするときに
実際に何をしているかということ。

あなたにとって「原稿を読む」というアクションにはどんな動作が含まれているかを知って欲しいのです。

たとえば・・・

・原稿を読みやすい位置に掲げる
・息を大きく吸い込む
・肩をおとす
・仙骨を立てる
・腹式呼吸を意識する
・骨盤底筋を働かせる
・胸に響かせる

など、人によって多くの要素があげられると思います、

皆さんも思いつく限りのことを挙げてみてください。

私の場合は・・・
・頭が繊細に動けることを思い出す
・脊椎の湾曲を無意味に伸ばさない
・自分全体で椅子に座る
・自然な呼吸に任せる(息を吸い込もうとしない)
・空気は肺から上に上がってくることを思い出す
・股関節の可動域を思い出す
・視覚野を思い出す(原稿を「見る」ではなく「見えている」)

今思い出して列挙できるのはこれだけですが、
実際にはこれよりももっとたくさんのことが起こっています。

そしてその多くは、自分が意識していないことです。
つまり、無意識のうちにたくさんのことが起きているのです。

その中に、自分の読みについての悩みや課題になっていることの原因が潜んでいるとしたら・・・?

 

「読む」という刺激に負けない

私たち人間の行動(アクション)は刺激がきっかけとなって発生しています。

歩く、見る、話すなど、全てのアクションは刺激によって誘発されているのです。

読むことについても同じです。

ほとんどの場合は、「読もう」という意思などが刺激となります。
その刺激に反応して、読み始めるのですが、ここにもやっかいなことが潜んでいます。

刺激に反応して「読む」とき、こんなことは気にしていませんか?

声の大きさは30デシベルくらいのウィスパーで読みたいから
息のコントロールは○○リットルを○○m/sの速さにしよう。
あ、口の開きは3.5センチくらいでいこう。

・・・当然、考えたことないですよね?

こんなことを考えなくても、私たちのカラダは各機能が働いてくれているおかげで自分が意図しているような声を出して読むことができるのです。

特に、私たちは声優・ナレーターとしてのレッスンを受けてきたのですから、そのスキルに自信を持ちましょう。

ところが、各機能が働いてくれるとはいえ、その働きはこれまでのキャリアの中であなたが身につけた習慣に基づいて働きます。

「読む」ということは、あなたのカラダにある特定の動作をすることだとインプットされているのです。

そして、ほとんどのケースでそのインプットされた動作を実行しています。

つまり、「読もう」という刺激がやってくると、「読む」というある習慣づけられた一連の動作を実行しているのです。

・癖が抜けない
・何度やっても同じ読みしかできない
・いつも呼吸が続かない

などの、読みに関する悩みや課題の多くは、この習慣づけられた一連の動作を構成するひとつの要素だったりします。

「読もう」という刺激に打ち勝つことが、これまでとは違う読みをするための第一歩となるわけです。

 

私の場合、「自分の声を聞く」ことも「読む」ことに含んでいた

はじめの方で、「原稿を読む」というアクションにはどんな動作が含まれているかという話をしました。

私の場合、「読んでいる時の自分の声を聞くこと」も「読む」という動作を構成しているひとつだったのです。

原稿を読むことにおいて、読んでいる自分の声を聞くことは「フィードバックを受け取る」ことです。(これについては【シアトルで学んだこと その2】で詳しく紹介します)

気づいたのは、本当に偶然でした。

シアトル滞在中、最初の写真のような大自然の中で原稿を読んでいたのですが、なんだかしっくりこない。

声量を変えたり、読む速さを変えたり、色々試してみたのですが
とにかく違和感だらけ。

いろいろやり過ぎてなんだかよく分からない状態になってしまいました。

料理の時に、味見しすぎて味が分からなくなってしまいような感じです。

そんなとき、突然雨が降りはじめました。

慌ててフードをかぶり、雨やどりできる木の下に移動しました。

そこであと一回だけ原稿を読もうと思って、フードをかぶったまま読んだのです。

その時にピンときた!

しっくりこなかったのは、自分の声が聞こえなかったからだと。

普段原稿を読む場所は、多少なりとも反響がある空間です。
ヘッドフォンなどで、返しもあります。
自分の声が聞く事ができる環境があったのです。

森の中では当然、反響もないし、返しもありません。
自分の声を聞くためには普段とは異なることをしなければなりません。

それがフードをかぶったことで、反響が生まれ、自分の声を聞きやすくなった。

このことがきっかけで、私の「原稿を読む」というアクションには
「自分の声を聞く」ことが含まれていることに気づきました。

その習慣ができたきっかけとなったこともはっきりと思い出しました。

当時はそれが必要だったんですけど今はもう要らないかな。
私にとって「原稿を読む」ことをアップデートする時期が来たんでしょうね。

みなさんも、自分にとって「原稿を読む」というアクションを分解してみてください。
そこには思いもよらなかったことが含まれているかもしれませんし、大切なことが欠けているかもしれません。

さて、皆さんに質問です。

「原稿を読む」というアクションに「自分の声を聞く」ということは必要だと思いますか?

 

 

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